■マコの傷跡■

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chapter 36



~ chapter 36 “会話” ~ 

彼には不透明な部分が多かった。
一緒に住んでいるのに、お金の話もしっかり出来ず、
「ない」と言った翌日に、何十万も持っていたりする。
どうしたのか、と聞くと友達に借りたとかパチンコで勝ったと言う。

実家に停めてあるはずの車を突然「ない」と言ったりする。
どうして?と聞くと、そこで初めて「こないだ事故って廃車になったから」と言う。
なぜそんな大事な事を一緒に住んでいるのに言わないのだろう?
高速で事故って車が廃車になっているのに怪我ひとつなく
一緒に住んでいる私がそれを全く知らない、というのはおかしい気がした。

一緒に暮らしてから、もう1年が経つ。
背負われてばかりでなくても私はもう大丈夫なのに、と思っていた。
もっと真剣に向き合いたい、一緒に暮らすのだからしっかり2人で暮らしたいと思うのに、
彼は理解出来ない部分が多く、それを埋めようと話し合いをしても、
いつもなんだか会話がちぐはぐだった。

会話が噛みあわない、というのは一緒に暮らすのには致命的な気がする。
何かしなくちゃいけない事は全て「俺が何とかするよ」と言うだけで
どう、どうにかするつもりなのか、方法は一切聞かせてくれなかった。
俺が何とかするよ、と言ってくれるのはとてもありがたいけれど
いつまでに、どうやって何とかするつもりなのかわからないと安心して任せておけない。
それに「やる」と言ったままいつまでもやってくれない事も多かった。
もう彼だけに頼りきるつもりはない。
“全部「俺がやる」って言わないで。
出来ないなら私がやるのに、どうして言ってくれないの?”
私は同棲を始めた時よりは強くなっていたし、なにより“もっと強くなりたい”と思っていた。
一緒に頑張って生きたかった。

とにかく話し合いが上手く出来ないのが一緒に暮らしているとかなり辛かった。
ストレートな球を一生懸命投げているのに、思わぬ方向から球が返ってくる感じ。
質問した事と返ってくる答えが合っていない事がほとんどだった。
そんな事を聞いてるんじゃないのに、今そんな話をしているんじゃないのに、と何度も思った。
どうしてこの人とはこんなにも会話が上手く通じないのだろう。
同じ日本語を話してるのにまるで違う国の言葉で話しているくらい会話が噛みあっていなかった。

それでも彼と居たおかげで私はだいぶ元気になってきていた。
私は彼にとても感謝していた。
心の奥では彼と私は合ってないのかも、と思っていたし、
実はそれほど彼を好きではないかも、と気付いていたけれど
感謝の気持ちを返して行く愛情もありだろう、と思っていた。
そう思うほど、彼のおかげで私は元気を取り戻した。
そして時間が不規則な運送屋から、金属加工の工場へ転職し正社員になった。



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